I became a 100miler.〜KSG100を振り返る❷

山記録
スタート直後の2周目から怒涛の応援ラン勢がやってきた。

◼︎いきなりの睡魔

4月23日金曜の夜8時にはじまったKSG100、

100マイルへのチャレンジ。最初の1周目は

フルタイムペーサーの内川さんとヨーヘイくん、

やまもっさんの3人が一緒に走ってくれた。

暑くもなく寒くもないちょうどいい気候のなか、

快調に1周目を終える。

そして、スタートゴールのセブンの駐車場にきたとき

なにやら怪しく光るヘッドランプの集団を発見。

(上記の画像参照)

なんと、金曜の夜にいつも龍ノ口でナイトランしている

塩さん率いる羅針盤の面々が応援ランに駆けつけてくれた。

まあその羅針盤メンバーズがにぎやかなこと、、

セブンの駐車場といっても西大寺線のメイン道路から

ずいぶん山側に入っているなにもない場所。

コンビニの明かりだけのくらーい駐車場に10数人もの

ヘッドランプをつけた中年トレイルランナー達が集結し、

わいわい駄弁ったり、スマホ撮影したりの異様な光景。

さらに後からくるというシゲオさんを待ち、全員集合してから

やっと2周目に突入する。

羅針盤の面々はそもそも、それぞれが一丁前のランナー、

わいわい駄弁りながらもちゃんとしたペースで走り続ける。

後半の旭東中のグランド横から布施神社への登り返しの

きっついロード区間も延々しゃべりながら走り、のぼる。

こっちはまだ2〜3時間しかたっていない序盤も序盤と

いうのに、テンションあがった羅針盤ズはおかまいなし!

応援パワーをもらったのか、いきなり予想以上のパワー

つかってしまったのかどうなのかわからない(笑)

怒涛の2周目が終了。

羅針盤ズは当然エイドもガッツリ襲撃。

3周目は嵐のようにすぎさった羅針盤ズの

余韻に浸りながら、内川さん、ヨーヘイくんと3人で。

だいたい1時間半前後で1周回まわれていたので時間は

日付が変わりだしていた。その後、4周目あたりから

しだいに睡魔がおそってきた。スタート前の想定では

土曜の朝方まで走って、昼前くらいまでの間に様子をみて

睡眠時間を1〜2時間とろうかと考えていた。

が、実際はずいぶん早く眠気がきた。そしてエイドで休憩中

体が妙に冷えてきて寒さを感じていた。

4周目の後半、下りのトレイルを歩きながら、内川さんに

『ちょっと限界眠いす、、、』と相談する。

そこで、先の長さも考慮し、つぎの5周目の山頂エイドで

先に睡眠をとろうと話した。そこから5周目山頂エイドまで

どうにか眠いながらもふんばってたどり着く。

エイドについてすぐにあったかいものをナミさんに要求、

体の冷えは動いていても感じてたので、体が欲していた

のだと思う。カップ麺をつくってもらい、流し込み、

マッサージも少々にしてシュラフにもぐりこんだ。

とにかく体が睡眠を、休養を欲していた。

もぐりこむやいなやすぐ眠りにおち、小1時間。一瞬の

出来事のような感覚だった。

とにかく補給をしたい意識がつよかった、睡魔もピーク、顔に余裕がない。

◼︎復活。

補給してすぐに睡眠をとったあと、寝起きのぼーっと

した感はあれど、体と頭が思った以上にすっきりしていることに

気づく。寝る前の体の冷えもおさまり、

気持ちも持ち直した感じ。いざ進むぞと

エイドをあとにする。

走り出すとさらに睡眠と補給の効果が顕著にでているのを

はっきり自覚。体の復活というより、睡魔がきえたことに

よる”頭(脳)の復活”が一番大きいことがわかった。

内川さんと、何度も話していた。

『1時間で全然違うな!』

『頭がすっきりすると元気になる!』

5周目をおわり、6周目、すでに朝日はのぼり、

山頂エイドにつくころには気温もあがってきていた。

直接日光にあたるとまた元気がでてくる。すがすがしい朝だった。

その後は、復活した頭のおかげで

順調に周回を重ねていく。

毎周回のエイドでも、まずはしっかりと補給することを

意識して、しっかり食う。

ナミさんには、自分の要望していた”卵かけご飯”をオーダー。

昔から朝ごはんやら時間のないときやらおやつ代わりやら

ことあるごとに食ってきたマイフェイバリットフード。

そんなわがままをちゃんと聞いて用意してくれたことに

今更ながらも感謝している。

かきこむ!かきこむ!うまい!うまい!うまい!!

あらためていま考えても

TKG(卵かけご飯)は最強のエイドフードだと思う。

炭水化物、塩分、生卵の高い栄養価を一度に

補給できる。しかも短時間で楽に流しこめる。

そして自分の好物であるという高揚感と安心感。

これ以上のエイドフードは

いまのところ見当たらない。

TKGを早々に体に流し込み、水分をボトルに補給して

ふたたびエイドをあとにする。

昼が近くなり、太陽が高くなってくる。気温もどんどん上昇し、

今度は暑さとの戦い。

でも頭はすっきりとして元気なのと、

なにより応援ランの仲間が代わる代わる来て一緒に

走ってくれるおかげでどんどん周回を重ねていく。

◼︎途切れない応援

日中、暑さと疲労との戦いを続けながらも

毎周回のように、応援、差し入れ

応援ランに訪れてくれる。

そして、土曜も日が落ちてくる。

途切れない仲間の応援、応援ランに助けられて

なんとか2日目の夜へ….。

◼︎Satuaday Night Fever

いよいよ正念場となる2日目の夜へ。

そのつど数えていたわけではないがそろそろスタートから

24時間が経つ。

相変わらず、土曜の夜にもかかわらず応援ランの仲間が駆けつけ

ともに周回を重ねてくれる。フルタイムペーサー内川さんは

応援ランの仲間が走ってくれるときはエイドで休み、休養をとり

また訪れる深夜のつらい時間帯に備えてくれていた。

そして遅い時間に、しんどい時間に、

また、うれしい仲間の助けがあった。

エイドのナミさんを気遣いきてくれた、漢・シゲオさん
山ギア会メンバーたち
みなこさんのたこ焼き
堀米さんにやしろさん、そして古川の兄やん。夜中にほんとに助けてもらった。

正直なところ、2日目の夜から夜中にかけては

細かい記憶が残っていない、なさけないことに。

ナミさんや内川さんらが撮ってくれた写真をみて、

そういえばそうだった〜と断片的に思い出しては

そのときの感情もよみがえってくる。

24時間、まる1日以上走り続けていると、記憶が

ところどころとんでしまうようで(個人的な感想です)

2度目の睡眠時間もこの土曜の深夜あたりにとったと記憶。

そうそう、この2度目の睡眠時間をとるとき、

テントエイドでは某アフロランナーの千田氏が完全に

出来上がっており、疲労困憊の100mileチャレンジ中の

ランナーそっちのけで酒盛りが行われていた。

冒頭の”Satuaday Night Fever”とはまさにこのこと。

右下には越乃寒梅の一升瓶。赤いウェアきた酔っ払いが延々とくだをまく。

この大宴会のなか、シュラフにもぐりこんで

睡眠とろうとするも溜まった疲労と、いや

酔っ払いのボリュームこわれたとりとめないトーク

が耳についてまあ寝れない。目をつむってその地獄の

ような寝れない時間を1時間ほど耐えたところで

いよいよ精魂尽きて寝に落ちることができた。

どれだけ跳ね起きて『やかましわ!寝させい!!』と

どなったろうかと思ったが、写真のとおり(?)

楽しそうなおじさんたちの酒宴に水を差すことは野暮な

気がして、、、というかその元気すらなかった。

30分少し寝れただろうか、アラームかけた時間、

12時半か1時くらいに起きる。当然もっと寝たい。

でも、動いてないと不安な気持ちがケツを叩く。

『そろそろ行きますね』

酒臭くて会話の絶えないテントエイドをあとにして

自分は自分がやらなければいけないこと

=動き続けること

をしなければと思った。

テントエイドで酒盛りしてる酔っ払いも含め、

今日わざわざきてくれた応援の仲間たち、差し入れ

してくれた知り合い、ずっと付き合ってくれている

内川さん、ナミさん、協力してくれてる家族、

もう自分の勝手なチャレンジでは

とっくになくなっているのを感じていた。

プレッシャーとかじゃない、

使命感とかとも違う、

自分の中からではない力が体に備わったかのような

自分の体だけど、突き動かされるような、

不思議な感覚がそのあたりからあった。

そして、、、

日曜日、3日目の朝がくる。

山頂でみたかった朝焼け

コメント

  1. オルカ より:

    何度もよみました!

    あの時のを思い返して、だんだん青ちゃんの顔が険しくなってるのと同時に、一緒に走ってくれる応援ラン友達が来るたびに嬉しそうに顔が緩んでたのを思い出します。
    やっぱり友の存在の大きさを感じれました。

    いざとなったら友が駆けつけてくれる。
    青ちゃんが徳を積んで来た事の現れですよ。

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