100milerになると宣言した理由。

山記録

今年ふと思いついてふと宣言した
100milerになる夢。
いや
思いついて、というのは違う、
どこかにずっとあったうっすらと
した夢、いつか達成したいなーと漠然と思っていた目標を

初めて口に出したというほうが正しい。
ではなぜその心の奥にあった願望を
あえて口に出して向き合おうとしてるのか?
自分の心境の変化、そこを考えてみようと思う。

津山は嵯峨山城跡の展望から。左奥に泉山、右奥に那岐ピークスが望める、寮から30分ほどで来れるお気に入りの山。

100mileというのは、
160km。そして100milerというのは
160kmのウルトラトレイルレースを制限時間内に完走した者を指していう。
トレイルランニングをやっているなら

いつかはなりたいと思う人が多いだろう勲章みたいなものだ。
100kmのウルトラマラソンは2年前

《奥出雲ウルトラおろち100k》で完走した。

110kmのトレイルレースは4年前

《信越五岳トレイルランニングレース》で完走している。

がそれを超える距離のトレイルランニングは未体験、

レースももちろん出たことはない。

日本ではこの100mileを超えるトレイルレースは

現状数えるほどしか存在しない。

そしてこのレースに参加するには一定の条件を

満たしていないと応募すらできないという厳しく狭き門。

日本で一番高い富士山のまわりをぐるっと

160km走るというのがまさに

日本一有名な100mileレース、UTMF=ウルトラトレイルマウントフジだ。

毎年4月末に開催され、日本中(コロナ以前は世界中)から

“100miler”という称号を得るために1500人以上の

トレイルランナーが富士の裾野に会する。

自分のまわりのランナーたちもこのUTMFの出場完走を

目標にしているひとたちが多い。前述したがこの大会に

出場する資格をとるためには、

2年以内にいくつかの規定レースを完走していなければならない。

さらにその規定ポイントを満たした上での抽選が行われ、

その抽選にうからなければ出場できない。

そんなハードルの高さもまた人気レース、

目標レースになる要素なのかもしれないが。


去年はコロナの影響で大会が中止となり、

今年はいまのところ、どうにか開催の方向で進んでいるらしい。

狭き門をくぐりぬけてスタート地点に立てる

ランナーの知り合いたちはいま、残り60日ほどになった

準備期間を日々思い思いの練習を積み重ねている最中だ。


前おきが長すぎたが、なぜ自分は

その100milerになりたいと思ったのか?

すっごい月並みな表現しかできないけど、

「自分の中のなにかを変えたかった」

からだと思う。やりたいと思っていても

口に出して発信しなければそれは伝わらない。

伝わらなければ思っていないのと同じ。

毎日走ってたとしても、

100mileとかはとくに想いもないし望んでないって

思われてるんだと思うとそれはなんか違う、となった。

昔から『青木くんはなにを考えてるかいまいちわからん』

と言われることが多かったのも、自分がしたいことや

やりたいことを口に出してだれかに伝えることを

意識してこなかったからなのかもしれない。

家族では末っ子として兄妹のなかで親からどうしても期待と寵愛をうけ、

こうなってほしい!という想いを受けとる日常になれ

自分がどうしたいというよりもこうすれば

親やまわりが喜ぶだろうな、、と無意識に考えてしまう人間になった。

もちろん人生の節目で選択してきたのは

自分だからだれのせいとかそんな話ではなく、

自分のやりたいことを素直に口に出して

それに向かって行動するってことにいまさら向き合ってやりたいと感じたのだ。

「いつか100milerになりたい」
「いつか◯◯になりたい」
「いつかああなりたい」

の”いつか”はおそらくずっと来ない。その”いつか”は”いついつ”なのかを
決めない限りは。
具体的な期限を決めないと自分のような適当な

人間がそれに近づくことは難しいのだと思う。
これまでそういう夢や目標もあったのだと思うが、

いまとなっては覚えてすらいない。

具体的にそれぞれの期限を決めずにきたからだ。


それをまず
変えようと思った。
変えたいと思った。
だったらこれまでの自分とは
“違う行動”をしなきゃ、と。

・本気の想いなら発信しろ。

100milerになる、と宣言してまだそんなに日も

たたないがわかってきたこともある。それは、

大きな挑戦にはまわりの理解と協力が必要になるということ。

単純に今回「この日に100mile挑戦しま〜す」と

snsで急に言ったのにすぐに何人かが

協力するよ〜とか応援にいくね〜と声をあげてくれた。

インスタでしれっとあげた投稿をみた妻からも

「土曜も走るんなら南珠の守り頼まないとね」とすこし怒りながら言われている。
(応援なのかこれは、、、笑)
一番近くの家族に応援してもらうのが

まず先決だなという反省はあるが、、すべて含めて

まわりの協力、応援がないとそもそも

その挑戦ができないことも確かだ。
これからもっと共有しないといけないし、

協力したくなるような行動や伝え方をしないといけない。
それにはまず本気でやりきる気概とそのための行動、

それを伝えること、これってなにをするにも必要な”巻き込み力”だなと

思った。自分に足りないもの、だったんだな。

・具体的なプランを立てろ。

そして本当に達成するためには
しっかりとした事前の具体的な計画が当然必要。

100mileをまず何時間で完走するのか?

それによって100mileを小分けしてだいたいの目標ペースを決める。

それが決まればまずは小分けペースで

小分け距離を一度実際に走ってみる。

そして立てた目標と実際の結果を比較し、体の状態などを検証する。


あと必要なことは”夜間走”。
制限時間は46時間

(UTMFと同じ、これも適当)としたから、

スタートが金曜の夜8時とすると、

日曜の夕方6時が最終制限時刻。なわけだが、

これを調子いいパターン、

いまいちパターン、

最悪パターンの3つくらいに分けて想定して

完走タイムを予想し、また小分けしていく。


最悪パターンが制限46Hぎりぎり、

いまいちパターンが10時間短く36H(1日半)で夜間走2回、

調子いい理想パターンが30Hで夜間走1回半程度と想定。

どのパターンにせよ、夜スタートの100mileは

夜間走が平凡ランナーなら必ず2回はあるという計算となる。

それを経験しておく練習が必要ということ。

昼間とは違う夜間の走行、補給、ウェアリング、ギア選定など

あらかじめ試しておくことで当日の不安要素を減らす。

などなど考えるとどんどん

やっておくべきことが出てくるが、

それもひとつずつ実戦で試していって経験を重ねる。

とにかく考えられる”事態”を事前に”経験”すること。

ほとんどの不安要素はおそらく”未知の環境”によるものだから。



今日が2月22日、
《KESHIGO100》まで
残りあと、、、、【60日】。
ちょうど2ヶ月後か。。

やるしかない。

次は”どのペースでいくか〜タイムスケジュール編”

“ウェア、ギアどうする編” に、続く。たぶん。

コメント

  1. オルカ より:

    宣言して実行するって、勇気と決断ですね。
    その勇気と決断は、結果に関わらず、凄い力を持つんですね。
    最近の行動にも出てる!
    意志があるって感じる。
    それこそが、信念ですね。

    もちろん微力ながら応援に行きます!
    独りでは、走らせませんよ〜

    • aoki aoki より:

      あざす!!意志ある、というと聞こえはいいですが
      言ってまわりに知らせて自分のケツに
      強引に着火してるって感じです!笑
      でも今できるベストな準備をして臨むつもりです。
      応援よろしくお願いしますっ

タイトルとURLをコピーしました